最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)1326号 判決 1994年6月24日
岡山県倉敷市玉島中央町一丁目九番七号
上告人
三善秀清
右訴訟代理人弁護士
石田正也
被上告人
国
右代表者法務大臣
中井洽
右指定代理人
綿谷修
右当事者間の広島高等裁判所岡山支部平成四年(ネ)第九七号損害賠償請求事件について、同裁判所が平成五年五月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人石田正也の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治)
(平成五年(オ)第一三二六号 上告人 三善秀清)
上告代理人石田正也の上告理由
原判決には、税務調査の質問検査権について、法令の解釈、適用に誤りがあり、また理由不備の違法があり、この違法は判決内容に影響があることが明らかであるから、原判決は破棄されなければならない。
一 本件での上告人の言いたいこと
本件は、僅か五万円の慰謝料請求であるが、上告人の言いたいことは、税務調査においては、被調査者には、いかなる場合でも調査に応じる義務があるのか。
調査官は、全ての物をなにかないかと捜し回ることが出来きて、被調査者は事前にプライバシーの権利を主張して、一定の調査を断ることが出来ないかと言うことである。
このことは、上告人の本人尋問の次の問答に集約されている。
上告人は、机の中の物を全部見せてくれと調査官にいわれ、次のようにいっている。
(地裁第八回原告本人尋問調書)
「62 机の中のもの全部見せてくれと言われ、私は、そういう権利はあなたにはないでしょうと、このなかにはプライベートのものが沢山あるからそういうことはおことわりしますと言った訳です。
63 いままで税務調査を三、四回受けているが、全部見せて欲しいと言われたことがあったのか。
そんな非常識なことは一度もありません。今回が始めてです。
64 その後、岡田調査官は、我々は法人の調査官であるけれどもあなたは個人の白色申告もやっているからこの店にあるものすべてを私どもに調査する権利があると、あなたはそれを提示する義務があるんだ、というようなことを言ったと思います。
65 その後、私は、捜査令状でも持ってきているのか、といったような話をしました。
甲第七号証の一を示す
66 その後のやりとりは、この陳述書に書いてあるとおりです。
67 そのようなやりとりの途中であなたが身分証明書の提示を求めたのはこの文章でいうとどの時点のことか。
手をだしかけた時点ですから一枚目の真ん中の「君は何てことを言うんだ。ここは生活の臭いのする物(プライベートな物)がいっぱい入っているんだ。」と書いてありますが、この後に提示を求めたと思います。
68 なぜ身分証明書の提示を求めたのか。
いままでの税務調査のときとは違って、何か高圧的な、人を馬鹿にしたような態度だったので、本当に税務署から来た人かどうかはっきりさせたほうが良いと、また名前も覚えていたほうが良いと思って、目の前で、岡田博さんですね、村上隆さんですね、とはっきり言ってメモさせてもらいました。そのときも二人は自分の名前を言わず黙ってニヤニヤしていました。
―― 略 ――
70 陳述書に書いてあるやり取りがあったのですが、そのとき私が一番困ったのは、権利と義務の関係か、と私が言ったところ、岡田さんはそのように解釈していい、と言ったのですが、その言葉にどうしても反論できなかったということです。
71 青色申告をしている者には税務調査を受ける義務があると、だから提示する義務があるのだと解釈したのですが、どこからどの枠で調査の対象となるということの基準があるのではないか、と言ったところ、すべてのものから必要な物を選択する権利がある、というふうに言われました。
72 しかし、どこかの条文にそういったものがあるのだろうと思い、それではけしからんと、これではプライバシーはゼロではないかと、なにもかも見せてその中から普通だと知られるわけもないものを知られるということは非常に困ると、―― 略 ――
73 そのようなやり取りの後、これではいつまでたってもどうにもならないと思い、私は了解しないと、しかしあなた方が見たいというのならもう勝手にしろと、ここであなたたちに引き出しをごちゃごちゃやられたのではお客さんにたいして申し訳ないから待合のほうでやってくれ、ということで私が引き出しを全部開き中身を全部もって待合にいきました。
このやり取りは、調査官の岡田も認めるところである。
(地裁第七回岡田博和証言調書)
・調書一四頁~二〇頁
「 本人はどういう理由で拒否したんですか。
陳述書にも書いておると思いますけれども、確か、この中にはプライベートな物があるからということ、個人の生活の臭いがするとかということ、そういうことを言われたと思うんですけど。
あなたは、私達には調査権があるんだ、と。あなたは法人の代表者であり個人の確定申告をされてることでもあるから、事務所内の物は全て調査する権利を持っていると。そういうようなことは言われなかったちょっと、そのニュアンスは、私が言った趣旨は、店舗内であり、どういった会社の書類が保存されておるのか、そういった物を確認さしてもらいたいということで、話をさしてもらっております。
結局、本人は、あなたがそうおっしゃったので、見たい物があれば具体的に言うてくれ、そしたら見せます、といったでしょう。
はい
それじゃあいけなかったんですか
会社は、どういう書類・帳簿等を作成しておるか、保存しておるか、そういうのを確認したいということと、会社毎に作成している書類が異なりますので、提示してもらった帳簿・書類を特定することは出来ないと思います。
それだったら、会社で作ってる帳簿を全部見せて下さいといったら済む話でしょう。
だから、それは帳簿は、現金出納帳とか元帳とかどこにあるのかということをお聞きしたら、ここにはないということだったんです。
だったら、そこには帳簿類は、ないわけでしょう。
いや。それ以外に、先程言いました売上に関係する入金帳とかレジテープがありましたので、それ以外にどういった関係書類があるかということで、確認したかったわけです。
―― 略 ――
本人が、君達の必要と思われる物は、全て提示するからそれでよかろう、ということは言われたでしょう。
はい。言われました。
で、あなたの方は、その必要性はこちらが判断するんで、あなたは全てを提示して明らかにする義務があるんだ、とおっしゃったんでしょう。
義務という言葉をいったかどうか、私、そこは記憶にないんです。
―― 略 ――
それでは、私にプライバシーは、ないのかというふうなこともいわれたでしょう
はい、言われました。
―― 略 ――
すべてはこちらの判断です、という言葉を言った覚えがありますか
その言葉自体が正しいかどうかというのは、ちょっとはっきりしないですけれども、まあ、個人の書類かどうかは、私の方で確認さしてもらえば分かります、ということは申しました。
その後で、そんなに言うなら勝手にどうぞ、という形で、本人がいうたんじゃないんですか。
ですからそういった言葉も言われたと思いますけど―― 略 ――
会社の帳簿関係の書類というのもあったんですか
帳簿書類はしりませんでした。
結局、上告人は、右やり取り中の、必要な物は提示すると言ったにもかかわらず、すべてをみせる義務があるといわれ、やむなく勝手にしろといったのであるが、上告人の裁判をおこした意図は、プライバシーを主張して、すべて見せることを拒否できる権利が納税者にはないのかを問いたいのである。
二 税務調査権に関する最高裁の判例について
最高裁は、税務調査の質問検査権について、従来次のような判断を示してきた。
1 (最高裁第三小法廷昭和四八年七月一八日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁)「所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的状況にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、―― 略 ――」
として、権限乱用の場合に調査が違法となることを指摘している。
2 (最高裁昭和六三年一二月二〇日第三小法廷判決・訟務月報三五巻六号九七九頁)
「「原判決の国税調査官が税務調査のため本件店舗に臨場し、被上告人の不在を確認する目的で、被上告人の意思に反して同店舗の内扉の止め金を外して」内扉より約五・四メートル入った地点まで「立ち入った行為は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当な行為とはいえず(最高裁昭和四五年(あ)第二三三九号同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑法集二七巻七号一二〇五頁参照)、国家賠償法一条一項に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」として、質問検査権の正当な行使でない場合に、損害賠償を認めている。
三 原判決の判示
1 原判決の質問調査権の解釈
原判決は次のようにいっている。
「本件調査は、いわゆる任意調査であるから、質問検査の方法も強制的な手段方法によってなされてはならないことは当然であるが、他方で、質問検査に対する不答弁ならびに検査の拒否、妨害に対しては、刑罰が科されることになっているから、質問検査の相手方は、それが適法な質問・検査であるかぎり、質問に答え、検査を受忍する義務がある。
前記認定の事実関係によれば、本件岡田係官の説明は、右の趣旨の受任義務を説明したものにすぎないものと認められるから、それ自体なんら違法ではない。
―― 略 ――
更に、付言すると、質問検査の範囲、程度、時期、場所等法律上特段の定めのない実施の細目については質問検査の必要があり、かつこれと相手方との私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻一二〇五頁参照)から、質問検査権の行使として適法か否かは、担当係官の委ねられた質問権検査権行使の実施の細目についての裁量に濫用乃至逸脱があるか否かにあるところ、本件についてこれを見るに、本件調査を行った場所は、控訴人の自宅ではなく、控訴人が経営する有限会社三善理美容院中潟店であり、そこには当然に事業に関する帳簿書類等が保管されていると思われるから、調査の必要性が認められる場合であり、そこには当然に事業に関する帳簿書類等が保管されているものと思われるから、調査の必要性が認められる場合であり、被調査者たる控訴人が一旦拒絶した場合であっても、担当係官においてなお相当の説得を試みることは何ら差し支えないところであり、前記認定の時間・方法等に照らすと、本件の場合は、強制的手段方法によりなされたものとは到底いえないし、法人税法上の質問検査権行使の実施細目についての裁量に濫用乃至逸脱があったものとは認め難い。」
2 ここでの論点は、三つある。
<1> 原判決のいう「質問検査の相手方は、それが適法な質問・検査であるかぎり、質問に答え、検査を受忍する義務がある。」としても、どういう場合に、質問・検査が適法かということ
<2> 「前記認定の事実関係によれば、本件岡田係官の説明は、右の趣旨の受任義務を説明したものにすぎないものと認められるから、それ自体なんら違法ではない。というが、適法な受任義務を説明したといえるのかということ。
<3> 最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻一二〇五頁を引用するが、果してこの判例を正確に適用しているか。
以下、順次検討するかが、まず質問調査権とはなにかを述べたい。
四 質問調査権について
本件で問題となっている税務調査の質問調査権は、課税処分をおこなうためのものであり、所得税法・法人税法に規定されているものである。本件では、法人税法上の調査権である。
法人税法一五四条は、「必要あるときは、法人に質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することができる」としているが、これは令状に基づく強制調査とことなり、任意調査とされるか、検査拒否にたいしては、罰則規定(法一六二条)があることから、間接強制があり、純粋な任意調査ではないとされている。その意味では、質問検査にたいしては、「相手方はこれを受任する義務を一般的に負い、その履行を間接的に心理強制されているもの」(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻一二〇五頁参照)といえる。
ただし、調査者は、いかなる場合も拒否すれば、刑罰を科せられるのかといえば、そうではない。あくまでも、「収税官吏の検査を正当な理由がなく拒むものに対し」(最高裁大法廷昭和四七年一一月二二日判決判例時報六八四号一八頁)なされるのである。
また前記昭和四八年七月一〇日最高裁決定にあきらかのように、調査の方法も、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる」ことが、必要であり無制限な捜索が許されるものではないのである。
五 原判決の評価
1 原判決は、「質問検査の相手方は、それが適法な質問・検査であるかぎり、質問に答え、検査を受忍する義務がある。」としている。
しかしながら、前記の如く受忍する義務があるとしても、「正当理由」があれば、拒否できるのである。
この点、原判決は検査権の主体の要件のみに、注意をはらい被調査者の権利に目をむけない一方的な解釈を展開しているのである。
2 原判決は、さらに「前記認定の事実関係によれば、本件岡田係官の説明は、右の趣旨の受任義務を説明したものにすぎないものと認められるから、それ自体なんら違法ではない。」というが、しかしながら受任義務を説明したといえるためには、「正当理由」がなければ拒否できないということを補足しなければ、説明にならないはずである。
原判決の事実認定の「右関連性の有無について控訴人と岡田係官らのいずれの判断を優先させるべきかなどの議論がおこなわれた経過」とは、どのような問答をさしているか、明確でないが、上告人が前記一で述べた経過を指すなら、明らかに岡田係官の説明は「正当」な受任義務の説明ではない。
<1> 上告人は、机のなかのプライバシーを主張したのである。
地裁判決の事実認定に明らかの如く、上告人は、質問検査におおじ、帳簿類は、店にないと説明し、レジテーフ及び現金を提示し、さらに預金通帳までみせている。ところが、岡田係官が机の引出しに手をいれようとしたから、プライバシーを主張し、拒否したのである。
このように全くの調査拒否ではなく、一定の場所の捜索を拒否したのであり、正当理由に基づく拒否は明らかである。
しかも、「君達に必要と思われる者は全て提示する」といっているのである。これが、正当理由と認められないなら、事実上正当理由というものは、存在しなくなるといっても過言ではない。
岡田係官は上告人には被調査者はすべてを提示して、明らかにする義務があると主張したのであるが、あきらかにこれは、質問検査権の濫用の主張である。あくまで、質問調査の範囲は、「事業に関する帳簿書類その他の物件」であり、全てのものが対象ではない。また、正当理由があれば拒否できるのである。
したがって、原判決の岡田係官の説明は、受任義務を越える説明であり、受任義務の説明とした原判決の解釈は誤りである。
3 原判決は、最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻一二〇五頁を引用するが、この判決にてらしても、本件の税務調査は、権限濫用である。
最高裁決定は、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等法律上特段の定めのない実施の細目については質問検査の必要があり、かつこれと相手方との私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される」とする。
原判決は、これを引用し、「本件についてこれを見るに、本件調査を行った場所は、控訴人の自宅ではなく、控訴人が経営する有限会社三善理美容院中潟店であり、そこには当然に事業に関する帳簿書類等が保管されているものと思われるから、調査の必要性が認められる場合であり、被調査者たる控訴人が一旦拒絶した場合であっても、担当係官においてなお相当の説得を試みることは、何ら差し支えないところであり、」としている。
しかしながら、本件の質問検査の対象は、机のなかであり、しかも会社といっても家族的経営の散髪屋さんであり、当然私物もはいっていることが、当然推定できる机の中である。また、帳簿類は自宅においてあることはすでに調査の結果明らかであり、その中にはなかったのである。また上告人は机のなかにあるものは随時出して、提示していたのである。また必要なものを具体的に指摘すれば、提出するといっているのである。このような場合、机のなか全部をみせろという検査にたいして、プライバシーを主張されたら、それを断念して、具体的に関係ある書類を指摘するか取引先の状態を聞く等他の調査方法を選択するのは当然といえよう。それこそ、「私的利益」との衡量において、他の調査方法をとるべきといえる。
また説得することを否定するものではないが、岡田係官の説得なるものは、高圧的な恫喝といえるものである。すべての物から必要な物を選択する権利があり、調査者はそれに従う義務があるといういいかたが、相当な説明とは到底いえないものであり、法に無知な納税者に対して、自己の権利を主張する機会を奪うものといえるのである。これでは、令状なしの捜索となんら変わりはないのである。
「必要性」と「私的利益」の衡量は、絵に書いた餅とせず、具体的に判断されねばならないのである。原判決の立場は、事実上「私的利益」を無視するものであり、これでは「私的利益」との衡量はないといっているに等しいといえる。
原判決は、この点、質問検査権の法的解釈を誤り、理由不備の違法をおかしているのである。
最高裁判所は、自己が打ち立てた判例の具体的適用例である本件事件にといて、本件事実経過にそくして、具体的基準を示すべきと考える。
以上